私にとっての肖像彫刻

 私は肖像彫刻が特別な存在です。仏像での中ではくどいほど言っていますが重源上人像が好きです。テクニックの最高峰は興福寺北円堂無著世親像だと思いますが、意外なところで六波羅蜜寺の平清盛像が好きです。これらの肖像彫刻の中にあって、超越した存在は唐招提寺の鑑真和上像だと数日前書きました。見落としてならないのが東大寺の僧形八幡神像です。肖像でありながら神さまである立ち位置のこの肖像は、さすが快慶と思います。この像の評価は半々に分かれますが、なぜこの像のすばらしさがわからないのか!と人の文章を読んでいつも思います。肖像彫刻の話を書くといつまでも書けますので止めます。



 ここで自分の作品について書くのは仏像の後ですと、私はもじもじ君になってしまうのですが、「眼科医」の肖像彫刻を自分の分岐点として大事にしています。人の評価は二の次です。このモデルは私の主治医です。始めは作家とコレクターの関係でしたが、意に反して、患者になってしまいました。最初に患者として先生に病気の話を説明を受けていながらも、私の頭の中は「いい顔をされてる、作りたい、、、、」というイメージしか私の頭は回転していませんでした。(こういう脳の使い方はダメなんですよね。自分のことしか考えていません。)何が私の心を揺さぶったか、もうずばりの一言、医師としての職人の顔です。もちろん、すぐモデルになって下さいとは頼みませんでした。少し私の脳内で寝かせたいと思ったからです。ほっといても何時の日か、その時がくると思っていましたから、数年は病院に行っても患者として先生の顔を見ていました。



 2015年に高崎市美術館でアートツリーズという展覧会に呼ばれて学芸員さんと私が展示する空間を見た時、あ!今だ!!と感じて、先生を何度もくどいて作ったのが「眼科医」です。すぐモデルは引き受けてはもらえませんでしたが、一度作りたいという思いが、かっちりはまりますと、私は何度でも口説きます。当然です。職人さんの面白いところは、ユニホームを着て、始めて職人スイッチが入るのがおもしろいです。先生も白衣を着てこそ、医者の顔になるのです。




 彫刻の作品の話ですが、最初の予定では、半身だけにすることを考えたのですが、途中でやっぱりこの作品は全身で作ろうと、一からやり直しました。ポーズも奇をてらっていません。彩色も一旦はしましたが、途中で全てはいでしまいました。見方によっては変哲もない明治時代の彫刻みたいです。ある意味時代として必要な作品化というと、そうではないと思います。見せる仕事はしていません。ただ先生の生きざまを表現したいと思っただけです。



富岡市美術博物館に今回出品しています。よかったら先生に会いに行って下さい。