一般社団法人(非営利)設立します

 クラファンもあと数日になりました。皆様のご支援を心から感謝申し上げます。9月にクラファンを始めた当初は、全く考えもしませんでしたが、任意団体を作ろうと決心してから、行政書士、税理士さんに相談した結果、一般社団法人がいいのではないかという結論に達しました。もともと任意団体でも収支報告をしようと思っていましたので、それであれば法人にした方がいいということになりました。NPOより作るのは楽ですし、定款、公証人役場で正式書類にして行政に提出すれば一般社団法人成立です。


 人生一度も就職したことがなく、団体に属したことがない、その私がいきなり社団法人「祈りのかたちLow visionプロジェクト」の代表です。おもしろくなってきました。もちろん事務方もおります。私は作家に専念します。


 まあ、かといって給付金が取れるかわかりませんし、協賛社を集められるか全く見込みはありません。いうまでもなくお金などありません。私自身何度もいろいろな機関に融資を申し込みましたが、ただの彫刻家の私に融資してくれるところは全くありません。あたりまえです。その分私には自由が約束されたわけです。何をやっても自分が責任を負うだけです。その私の名刺に肩書がつくわけです。


 私は人生の岐路で悩んだ時は、直感だけで判断しています。その直感のアンテナが攻めよと言っています。もっと冷静になって考えるに、私がしようと思っていることは、偽善なのではないか、と思いました。私の直感はこう言います。「偽善よし、生きて丸儲け」です。眼が見えないから障がい者を売りにしている行為なのではないか…という考えが頭をもたげると、私の中の直感は答えます。「いいんだよ、眼が見えないことを武器にして生きて行っても…」私が元気で働けばみんな元気になる、美人が顔を武器にしてモデルになり、けんかが強い人が格闘家になっているのです。目の見えない彫刻家もいてもいいと思います。ベートーヴェンだって耳は聞こえなくなってしまいました。これが私の個性です。


 本題と話はそれますが、矛盾した話を書きます。どうか私を甘やかさないで欲しいのです。眼が見えないと歩くのは大変だろうと、私だけ車に載せて下さったり、椅子に座らせて下さる方が多いのですが、本音は少し悲しいです。私は眼が見えなくても体は丈夫ですので、せっかく手を引いて下さるなら歩きたいのです。人と同じにしたいです。手を引くのが嫌であれば、もちろん受け入れますが、一人で歩けない分、歩けるチャンスがあるなら、できるだけ歩きたいのです。椅子も座りたくないのです。できるだけ皆さんと同じに扱って下さるのがうれしいのです。どうか、かわいそうとか、お気の毒にとか言わないでください。私は全然かわいそうではありません。へのカッパです。


 どこかの取材で、私は作家としてパラリンピックで勝負せず、いつまでもオリンピックで勝負したいと言った気がしますが、少し発言を変えます。「オリパラピック」です。つまりは共生です。オリンピックにこだわるのは、無意識なる差別意識だと反省しました。つまりはバリアフリーです。ずるくいうと両党です。オリンピックも狙えば、パラリンピックも狙います。江戸時代農民は決して弱くはなかった、彼らは弱いふりさえしていた、たくましく生きていきます。


 結論、私は社団法人を立ち上げ、オリパラリンピックで勝負します。55歳の団体戦参加です。ワクワクします。