「三輪洸旗・途道展 -富岡から世界を紡ぐ-」

 9月11日(土)より富岡市美術博物館・福沢一郎記念美術館んにおいて「三輪洸旗・途道展―富岡から世界を紡ぐ」が始まります。皆さん是非ご高覧よろしくお願いします。コロナ感染症の関係で残念ながら関連行事9月12日(日)「祈りのかたち」出版記念として上毛新聞社富澤隆夫さんとデザイナーの寺澤徹さんと私の講演会は中止となりました。同じく9月19日彫刻師井上進一さんと私の講演も中止となりました。今のところ9月26日の私のアーティストトークは開催予定ですが、正直どうなるかわかりません。美術館のHPをご確認ください。緊急事態宣言が延期される場合はトークも難しくなるかもしれません。


 少し展覧会の話を数回に分けてお話ししようと思います。私は普通美術館や画廊に仏像などのような宗教性を感じるものは一切持ち込んだことはありませんでした。仕事をするうえでも文化財の仕事に向き合う顔と、私のオリジナル作品に向き合う顔も切り替えていたように感じます。無意識的に。ところが、今回は全くの線引きなしです。


 今回の展覧会では、私の作家としての原点にもなる東京芸術大学大学院の修了制作である東大寺俊乗堂重源上人像の模刻を東大寺から借用し展覧会に展示しています。模刻ですから当然オリジナル仕事ではありません。ですが、この政策が私と東大寺を繋げて下さいました。


 普通学生は修了制作に取り組む場合は、大学のアトリエの中で作品を作りますが、私は東大寺の俊乗堂の裏で作品を作りました。それも東大寺に正式な申請もせず、お堂のおばちゃんに頼んで全く何も考えないで作品を作り始めてしまいました。当然東大寺のなかで問題となりました。その対応策として東大寺がやって下さったことは、私の代わりに全ての書類を作り、私にサインだけをさせて全てを許して下さいました。今思い出せば相当どころか非常にまずい話です。それも私を呼び出して叱咤する訳でもなく、お堂の裏まで書類を持ってきて下さり、私はただ刃物を下に置いて渡されたペンでサインをしただけなのです。すみません、すみません、本当にありがとうございました。


 その私の重源さんは、現在東大寺の本坊の写経上に安置されています。写経代だけお支払いいただければ、だれでも廃刊できますが、この度東大寺のご協力を頂き、富岡市美博に出品することになりました。日通の美術運送で運ばれる重源さんを見るとじいちゃん、出世したねと声をかけたくなります。学生の時は作品を動かす岡部すらなく、合板に黒のゴムの滑車をつけて奈良の街中を自分で引いて運んでいたのです。相当バカです。それを見かねた東大寺はまたも私が東京に戻っている場合は本物のお堂のなかに私の作品もおかせておいてくださいました。すみません、、、本当に感謝申し上げます。


 皆さん私の思源さんが嫁入り先から一時帰宅しましたので、会いに行って下さい。しわがれたおじいちゃんが、よく来たと歓迎して下さると思います。もう一度書きます。東大寺様本当に感謝申し上げます。